豊島屋本店

会社概要

会社概要|アクセスマップ|沿革

■会社概要
[会社名]
株式会社 豊島屋本店
[所在地]
〒101-0064
東京都千代田区猿楽町1-5-1
アクセス
[電話番号]
03-3293-9111
[FAX番号]
03-3293-9117
[創業]
慶長元年(1596年)
[会社設立]
昭和11年(1936年)2月1日
[資本金]
2,500万円
[役員]
代表取締役会長 吉村隆之
代表取締役社長 吉村俊之
取締役 田中忠行
取締役 木村蓉子
監査役 鈴木武明
[事業内容]
1)酒類製造、清酒、白酒、味醂、その他酒精含有飲料、醤油、業務用食料品、その他調味料の販売、並びに通信販売
2)ビルディングの所有、賃貸及び管理
[主要仕入先]
豊島屋酒造株式会社、ちば醤油株式会社、廣屋国分株式会社、
日本酒類販売株式会社、三井食品株式会社、JFLA(マルキン忠勇)等
[主要取引先]
1)東京及び隣接三県の日本そば・うどん店
2)都立病院、米菓メーカー、寿司屋、うなぎ屋、居酒屋等
3)三越、東急、阪急阪神、各デパート
4)紀ノ国屋、成城石井等高級スーパー
5)個人顧客(インターネット販売)
[取引銀行]
三井住友銀行(神田支店)
三菱東京UFJ銀行(神保町支店)
日本政策金融公庫(東京支店)
[関連会社]
豊島屋酒造株式会社(東村山市)
有限会社豊島屋ビル(千代田区)
[加盟組合]
東都のれん会(三代創業100年以上の老舗、52店の会)
東酒廿日会(都内で有力20社の酒屋の会)
東京醤油仲卸問屋組合(都内で有力な業務用醤油取扱卸の組合) 等
[経営理念]
豊島屋本店は、上質な酒と食品を通じてお客様に価値を提供し、食文化の発展に寄与します。
[行動指針]
不易流行
・・・守るべきもの(不易)は頑なに守り、変えるべきもの(流行)は大胆に変える。

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■アクセスマップ

▼電車をご利用の場合
東京メトロ半蔵門線、都営三田線「神保町駅」A5より徒歩5分
JR中央線「お茶の水駅」西口より徒歩7分
▼お車をご利用の場合
白山通りを南下し、神保町交差点手前のレンタカー会社を左折。直進し、突き当たり左角。
駐車場がないため、近隣のコインパーキングをご利用ください。

[所在地]
東京都千代田区猿楽町1-5-1
[電話番号]
03-3293-9111

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■沿革
当社の創業は遠く慶長年間関ヶ原合戦(1600年)の時代に遡り、初代豊島屋十右衛門が慶長元年(1596年)、神田・鎌倉河岸(現在の神田橋付近)に酒屋兼一杯飲み屋を構え、「豊島屋」の屋号で酒屋を始めました。

江戸後期の神田の名主であった斉藤幸雄、幸孝、幸成三代の苦心によって成った絵入り地誌で、画師長谷川雪旦が描いた有名な「江戸名所図会」巻の一(全7巻20冊)に、豊島屋の白酒売り出しの絵があります。豊島屋十右衛門の夢枕に紙雛様が現れて白酒の製法を伝授され、その通りに醸ってみましたら、非常に美味な白酒が出来ました。雪旦の絵にある様に大変な賑わいで、大いに繁昌し、又、有名な安藤広重の絵にも同様な絵が描かれております。

江戸時代は関西からの「下り酒」を販売し、安価な酒と肴の田楽の販売で評判となり、白酒の名声とも相俟って、幕府との取引を拡大したと言われております。

清酒の製造は第12代当主の吉村政次郎が、明治時代になってから始めました。当初は、灘に他社と共同で酒蔵を作りましたが、昭和になって東京都東村山市に蔵を移設致しました。

豊島屋本店は、関東大震災の前後に、鎌倉河岸から神田美土代町に移り、東京大空襲で再度喪失しました。戦後再開しようとしましたが、進駐軍のモータープールとして当地一帯が接収されたため、現在地の猿楽町の地で再開し、現在に至っております。

また昭和の初期に、白酒(江戸の草分)、清酒(金婚正宗)、味醂(天上)等を醸造する、豊島屋酒造株式会社を、分離独立させました。

神田美土代町に接収解除後は、その地にビルを建築し別会社(有)豊島屋ビルとなりました。

取扱商品は、社業の進展とともに著しく増加致しました。お取引先様に日本そば屋さんが多いため、酒類の他に醤油、味醂の販売は、東京に於いて最大手の一つであります。

清酒「金婚正宗」は、明治神宮、神田明神、及び日枝神社の御神酒として、お納めさせて頂いております。

現社長は、16代目にあたります。
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